成り行き任せ

 前回の続きみたいなお話になりますが、自宅に帰ってTVを点けるとやたら癌闘病のニュースが放映されております。最近はSNSの関係もあって、ひとたび癌と診断された著名人は判で押したようにそれを広言されますから一気に知れ渡るようになりました。今回の麻央さんのケースでは同じような境遇の方にも勇気を与え、かなり多方面から評価をされているみたいであります。でも、癌という病気に対する考え方には実は2通りあって、残る人生と懸命に向き合いながら命ある限り回復・治癒を目指す道と癌には一切逆らわずに治療も放棄して運命・成り行きに委ねる道がそれだと思うのですが、個人的にはワタシは後者を信奉しております。貧乏人と年寄りはそうすべきなんですよ。県下で有数の終末医療を実施しているある医療施設のスタッフさんでもお話してみますとかなり後者を選ぶ方が多いみたいでしたが、尊厳死も認められない日本で延命治療にしかならないものを自分がやってもらおうという気には到底なれません。ワタシの場合は先日も書きましたが癌の王道を行くような家系ですし、死ぬとしたら癌だろうと若い頃から決めつけておりました。でも、そんなものを恐れ・気にしてビクビクしながら生きるなんてまっぴらですし、癌だと診断されたらその時は医者に大声で「ガーン!」と言ってやるつもりでおります。それにどうせもう若くもないですし人生の元は取ったと思っておりますから下手に長生きして細々と命を繋ぐくらいなら「癌、上等!望むところだ」と開き直っておりまする。もし同じ癌の診断を受けるなら加入しているガン保険の関係で65歳までに言ってもらわないと診断給付金が半分になってしまいますし...。ダメなものはダメ、アカンものはアカンのだから、運命に逆らっても仕方がないと思うのです。今さら癌治療?だいたい費用対効果を考えてごらんなさいよ、老い先長くもないジジイのために支払う入院治療費なんてせいぜい1週間分くらいが損益分岐点じゃないっすか!だいぶ前に「最期くらいは好きなように死なせてよ」と末期癌を公表し、治療も一切拒否して未だにお元気そうに見える樹木希林さんみたいに、くよくよせず開き直る人生も面白いじゃないですか...。どんな最先端の技術を持ってしても人間死ぬ時は死にますって...。不老不死を目指して考えられるものは全て試して、最期まで抵抗した秦の始皇帝だって、結果的にはいとも簡単に命を落としましたもんねえ、命の保証がないって言うことが生きている証でもあるのですから気にしたって始まらないのです。汚いところで暮らしている人より清潔なところで生活している人の方が病に弱かったりするのは、気にし過ぎることが反っていけないということの証左でもあります。麻央さんクラスならいざ知らず、そこまで気にするほど大げさな人生などワタシは歩んでおりませんから、そういう意味では強いんです。

訃報

 朝からニュースで盛んに小林麻央さんのご逝去が報じられております。ウチは癌の家系ですのでだいたいあの病気がどんな経緯を辿るのか嫌でも予測ができてしまう部分があって、ワタシの生母の折にも癌が転移して入退院を繰り返し、子供心にもとても快方に向かっているとは思えないのに急に退院となり、それからひと月余りで逝ってしまいました。今回彼女が退院されたとの情報に接してから何となくそれを予感しておりましたので、「えっ?」と言うより「やっぱり...」という思いの方が強かったのですが、同じ病気や事故で亡くなられるにしても、あれくらいのご年齢がいちばんきついことは確かでしょう。ウチの母は32歳でしたからワタシの心の中ではどうしてもそれと重なり合ってしまいます。34歳だったそうですがワタシの時はもう小学校に入学しておりましたが彼女のお子様たちは未だ就学前のようですし、これから随分大変な思いをされるのでしょうね...。ワタシの経験からしますともう母親は亡くなったから戻って来ないんだという事実は何となく理解できたのですが、将来起こる様々な事象について予見する能力がないために、いちいち何事かに直面しないとそれが本当はどういう意味なのかが分かりませんでした。今振り返るとあの頃のワタシの口癖はしばらくずっと「母さんさえいてくれたら...」と言うものでしたから、お子さんたちも多かれ少なかれ成人する頃までそういう思いに苛まれるような気が致します。人間、死んでしまったらお終いで、この世に魂だけ残るなんてワタシは信じませんが、たとえしばらくの間でも多くの人の心に残るであろう死に方をされたのだから、その意味ではお幸せな人生だったのではないかと思います。何もできませんがご冥福をお祈りします。

値上げシーズン

 昨日はたまたまお店の休業日にホンジュラスの「カップ・オブ・エクセレンス」がありましたので入札状況を時々チェックしておりましたが、やはりやはりで一気に高値で終わりました。グァテマラなどをも上回っております。価格設定というのは商品価値に見合ったものでないとどこかで崩壊します。最近の「カップ・オブ・エクセレンス」はカップ・クオリティが高いから高値になるというより、とにかく第1位や第2位のロットを落札すること自体に意義があるという感じのバイヤーがいくつかあり、そういう方たちが価格をつり上げております。これまで参加して来なかった日本の大手コーヒー会社や海外のバイヤーが増えているのも1つの傾向であります。以前から申しておりますようにだんだん品評会受賞品は庶民の手が届かないものにありつつあるようです。そんな高級品を庶民が飲むなんてもってのほかで、どうしても飲みたければ時々大手コーヒー・チェーンかどこかで1杯1,000円以上出して飲めばいいじゃないかという流れのようです。少なくとも家庭自家焙煎が趣味というウチ飲みのコーヒーからは落ちこぼれてしまいました。今年はもう既に数カ国でこのCOEオークションが開催されておりますが、いつもお値打ちロットを落札してくれている某商社がまだ1つも落札できていないという「異変」が起きております。まあ、これから20年・30年後にも三重珈琲が存在する可能性はほぼなさそうですから、その頃になってCOEが手の届かないものになっていたとしても直接の影響はないですが、世の中のシステムすべてがひと握りの富裕層のために都合良く改変されて行くことでありましょう...。まだ連絡はありませんが昨日のホンジュラスCOEはどうやら1ロットだけ買えているようです。かつては受賞ロットを一応全部最低1つは買っていた時期もありましたが、こう高くなると年間2つか3つがせいぜいでしょうか...。次はコスタリカ...、これも人気の産地だけにかなり高くなるんでしょうね、でも買っちゃうのかな?それを楽しみにお待ちいただいているリピーターさんもおみえになりますから高くても買わざるを得ないんですよね。そこまで義理をして見返りがそんなにあるワケでもないのに...。
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